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非換金ゲージ対称性とは?ヤン・ミルズ理論からQCDまでわかりやすく解説

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非可換ゲージ対称性について解説

物理学の世界では、「対称性」という概念が非常に重要な役割を果たしています。この対称性は、自然界の法則がどのように成り立っているのかを理解するための鍵であり、多くの物理理論がこの原理に基づいて構築されています。特に、「ゲージ対称性(Gauge Symmetry)」は、電磁気学素粒子物理学を支える理論的基盤として広く知られています。ゲージ対称性には、可換なものと非可換なものがありますが、本記事では特に「非可換ゲージ対称性(Non-Abelian Gauge Symmetry)」に焦点を当て、その基本的な定義から数学的構造、物理的意義、そして現実世界への応用までを詳しく解説いたします。

読者の皆様がこの複雑な概念をより深く理解できるように、具体的な例や歴史的背景も交えながら、丁寧にご説明いたします。また、非可換ゲージ対称性が現代物理学においてどのように役立っているのか、そして今後の研究にどのような展望が広がっているのかについてもお話しします。それでは、まずゲージ対称性が何かを理解するところから始めましょう。


ゲージ対称性とは?

ゲージ対称性とは、物理学における場の理論(Field Theory)において、特定の変換を行っても物理法則が変化しないという性質を指します。この「変換」とは、空間や時間の各点で独立に場を操作することであり、こうした操作が物理系の記述に影響を与えないことが重要です。この性質を数学的に表現するために使われるのが、ラグランジアン(Lagrangian)と呼ばれる量です。ラグランジアンは、物理系の運動やエネルギーを記述する関数であり、ゲージ対称性が成り立つ場合、このラグランジアンが変換後も不変であることが求められます。

たとえば、電磁気学を考えてみましょう。電磁気学は、U(1) ゲージ対称性に基づいています。この「U(1)」とは、数学的には位相変換を表す群(グループ)であり、具体的には電磁ポテンシャル AμA_\mu に対して、次のような変換が可能です。

 

AμAμ+μα(x)

A_\mu \rightarrow A_\mu + \partial_\mu \alpha(x)

ここで、α(x)\alpha(x) は空間と時間に依存する任意の関数です。この変換を行っても、電場や磁場といった物理的に観測可能な量(場の強度テンソル Fμν=μAννAμF_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu)は変化しません。つまり、電磁気学の法則は、このようなゲージ変換に対して不変であるということです。この U(1) 群は「可換(Abelian)」な性質を持っており、2つの変換をどのような順序で適用しても結果が同じになる特徴があります。

この可換なゲージ対称性は理解しやすいものですが、ゲージ対称性が常に可換であるとは限りません。ここから、非可換ゲージ対称性の世界へと進んでいきましょう。


非可換ゲージ対称性の定義

非可換ゲージ対称性とは、ゲージ変換を司る群が可換でない場合に適用される概念です。可換群では、たとえば U(1) のように、2つの変換をどのような順序で適用しても結果が一致します。しかし、非可換群(Non-Abelian Group)では、変換の順序が結果に影響を与えます。この違いは、数学的には群の生成子(Generator)の交換関係に現れ、物理学的にはゲージ場の複雑な振る舞いや相互作用を引き起こします。

非可換ゲージ群の代表的な例として、SU(2) や SU(3) といった特殊ユニタリ群が挙げられます。これらの群は、素粒子物理学標準模型(Standard Model)を支える重要な要素です。具体的には、SU(3) は強い相互作用量子色力学、QCD)を、SU(2) は弱い相互作用の一部(電弱相互作用)を記述するために用いられています。これらの群が非可換である理由は、生成子の交換子がゼロにならないことにあります。

非可換ゲージ理論では、ゲージ場 AμA_\mu は単なるスカラー関数ではなく、リー代数(Lie Algebra)の元として表現されます。具体的には、次のように展開されます。

 

Aμ=AμaTa

A_\mu = A_\mu^a T^a

ここで、TaT^aリー代数の生成子であり、aa は群の自由度に対応するインデックスです。これらの生成子は、非可換性を特徴づける交換関係を満たします。

 

[Ta,Tb]=ifabcTc

[T^a, T^b] = i f^{abc} T^c

ここで、fabcf^{abc} は構造定数(Structure Constant)と呼ばれ、非可換群の特性を決定する重要な量です。この交換関係がゼロでないことが、非可換ゲージ対称性の本質を示しています。たとえば、U(1) の場合は交換子が常にゼロとなるため、可換性が成り立ちますが、SU(2) や SU(3) ではこの非可換性が重要な役割を果たします。

さらに、非可換ゲージ変換は、次の形で定義されます。

 

AμUAμU1+igUμU1

A_\mu \rightarrow U A_\mu U^{-1} + \frac{i}{g} U \partial_\mu U^{-1}

ここで、U(x)GU(x) \in G はゲージ群の元であり、gg は結合定数(Coupling Constant)と呼ばれるパラメータです。この変換を見ると、単純な加算ではなく、ゲージ場自身の変換と微分項が組み合わさっていることがわかります。この複雑さが、非可換ゲージ理論の特徴であり、後に説明する自己相互作用の起源ともなります。


ゲージ場の強度テンソル(場の曲率)

次に、非可換ゲージ場における場の強度テンソル(Field Strength Tensor)についてお話しします。電磁気学では、場の強度テンソル FμνF_{\mu\nu} は電場と磁場を統一的に記述する量であり、ゲージポテンシャル AμA_\mu から次のように定義されます。

 

Fμν=μAννAμ

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu

しかし、非可換ゲージ理論では、この定義に追加の項が現れます。具体的には、次のように表されます。

Fμν=μAννAμ+ig[Aμ,Aν]

F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu + i g [A_\mu, A_\nu]

この式の最後の項 [Aμ,Aν][A_\mu, A_\nu] が、非可換ゲージ対称性の特徴を際立たせています。この交換子は、ゲージ場がリー代数の元であることに由来し、U(1) のような可換ゲージ理論では消えますが、SU(2) や SU(3) のような非可換群では一般に非ゼロとなります。この項は、ゲージ場同士が相互作用することを意味しており、非可換ゲージ理論が単なる線形理論を超えた非線形な性質を持つ理由となっています。

この場の強度テンソルは、物理的にはゲージ粒子の運動や相互作用を記述する重要な量です。たとえば、量子色力学(QCD)では、このテンソルグルーオン(Gluon)と呼ばれるゲージ粒子の場の曲率を表し、クォーク間の強い力を媒介します。グルーオンが自己相互作用を持つため、QCD は非常に複雑な振る舞いを示し、これが物質の構造を理解する上で重要な手がかりとなっています。


歴史的背景:ヤン・ミルズ理論の誕生

非可換ゲージ対称性の理論的枠組みは、1954年に物理学者のチェン・ニン・ヤン(Chen Ning Yang)とロバート・L・ミルズ(Robert L. Mills)によって初めて提案されました。彼らは、電磁気学の U(1) ゲージ対称性を拡張し、より複雑な非可換群に基づく理論を構築しました。この理論は後に「ヤン・ミルズ理論」と呼ばれるようになり、現代素粒子物理学の基盤となっています。

ヤン・ミルズ理論の基本方程式は、次のように与えられます。

 

DμFμν=jν

D_\mu F^{\mu\nu} = j^\nu

ここで、jνj^\nu はゲージ場と結合する電流を表し、DμD_\mu は共変微分(Covariant Derivative)です。この共変微分は、次の形で定義されます。

 

Dμ=μigAμaTa

D_\mu = \partial_\mu - i g A_\mu^a T^a

この方程式は、電磁気学マクスウェル方程式を一般化したものであり、非可換ゲージ場のダイナミクスを記述します。特徴的な点は、FμνF_{\mu\nu} に含まれる自己相互作用項 [Aμ,Aν][A_\mu, A_\nu] です。この項が存在することで、ゲージ場自体が自己と相互作用し、非線形な振る舞いを示します。

ヤン・ミルズ理論の提案当時は、具体的な応用先が明確ではありませんでした。しかし、後に素粒子物理学の発展に伴い、この理論が標準模型の基礎となることが明らかになりました。特に、1970年代に量子色力学(QCD)が確立されると、非可換ゲージ対称性の重要性が広く認識されるようになりました。


物理的意義と応用

非可換ゲージ対称性が持つ物理的意義は非常に深く、現代物理学において多くの応用が見られます。ここでは、その主要な役割と具体的な応用例について詳しくお話しします。

標準模型における役割

素粒子物理学標準模型は、非可換ゲージ対称性を基盤として構築されています。この模型では、自然界の基本的な相互作用である強い相互作用弱い相互作用、電磁気力が統一的に記述されます。具体的には、次のようにゲージ群が対応しています。

これらのゲージ群に基づくラグランジアンは、次のように表されます。

 

L=14FμνaFμν,a+ψ(iγμDμm)ψ

L = -\frac{1}{4} F_{\mu\nu}^a F^{\mu\nu,a} + \overline{\psi} (i \gamma^\mu D_\mu - m) \psi

このラグランジアンは、ゲージ場の運動項とフェルミオン(物質場)の運動項を含んでおり、ゲージ対称性が物理法則にどのように組み込まれているかを示しています。

QCD と閉じ込め現象

QCD における非可換ゲージ対称性は、「閉じ込め(Confinement)」と呼ばれる現象に深く関わっています。閉じ込めとは、クォークグルーオンが単独で観測されず、必ずハドロンとして束縛された状態で存在するという性質です。この現象は、グルーオンの自己相互作用による非線形な力学が原因と考えられています。

たとえば、陽子や中性子は3つのクォークから構成されていますが、これらのクォークは非常に強い力で結びついており、単独で取り出すことはできません。この強い力は、距離が離れるほど増大する性質を持ち、QCD の非可換性がその背景にあります。こうした閉じ込め現象は、物質の構造を理解する上で重要な手がかりとなっています。

電弱相互作用とヒッグス機構

電弱相互作用では、SU(2) × U(1) のゲージ対称性が自発的に破れることで、粒子に質量が与えられます。この仕組みは「ヒッグス機構」として知られており、ヒッグス場と呼ばれるスカラー場が導入されます。ヒッグス場が真空で非ゼロの値を取ることで、WボソンやZボソンが質量を獲得し、光子は質量を持たないままになります。この理論は、2012年に CERN の大型ハドロン衝突型加速器LHC)でヒッグス粒子が発見されたことで実験的に裏付けられました。


具体例:量子色力学(QCD)の仕組み

量子色力学(QCD)は、非可換ゲージ対称性の応用例として最も重要な理論の一つです。QCD は、SU(3) ゲージ群に基づいており、クォークグルーオンの相互作用を記述します。クォークには「色荷(Color Charge)」と呼ばれる自由度があり、赤、緑、青の3つの色が存在します。一方、グルーオンはこれらの色荷を交換する役割を果たし、8種類の異なる組み合わせで現れます。

QCD のラグランジアンは、次のように表されます。

 

LQCD=14GμνaGμν,a+qq(iγμDμmq)q

L_{QCD} = -\frac{1}{4} G_{\mu\nu}^a G^{\mu\nu,a} + \sum_q \overline{q} (i \gamma^\mu D_\mu - m_q) q

ここで、GμνaG_{\mu\nu}^aグルーオンの場の強度テンソルであり、qqクォーク場を表します。このラグランジアンは、ゲージ対称性を保持するように設計されており、グルーオンの自己相互作用が含まれています。この自己相互作用が、QCD を非線形な理論にし、閉じ込めや漸近的自由(Asymptotic Freedom)といった特有の性質を生み出しています。

漸近的自由とは、高エネルギー(短距離)ではクォーク間の力が弱まり、低エネルギー(長距離)では強くなるという現象です。この性質は、1973年にデビッド・グロス(David Gross)、フランク・ウィルチェック(Frank Wilczek)、デビッド・ポリツァー(H. David Politzer)によって発見され、2004年のノーベル物理学賞を受賞するきっかけとなりました。


数学的補足:リー代数と構造定数

非可換ゲージ対称性を理解する上で、リー代数と構造定数の役割は欠かせません。リー代数は、群の微小変換を記述する数学的構造であり、生成子 TaT^a がその基本要素です。たとえば、SU(3) の場合、生成子は8つあり、これらはゲルマン行列(Gell-Mann Matrices)として知られる λa\lambda^a で表されます。

構造定数 fabcf^{abc} は、生成子の交換関係を決定する量であり、次のように定義されます。

 

[Ta,Tb]=ifabcTc

[T^a, T^b] = i f^{abc} T^c

この構造定数がゼロでないことが、非可換性の証拠です。たとえば、SU(2) の場合、構造定数は完全反対称テンソル ϵabc\epsilon^{abc} として表され、具体的な計算に用いられます。これらの数学的道具は、ゲージ場のダイナミクスを記述する上で不可欠であり、物理学者にとって重要なツールとなっています。


今後の展望と課題

非可換ゲージ対称性は、現代物理学における中心的な概念であり、今後の研究においても多くの可能性を秘めています。ここでは、現在の課題と将来の展望についてお話しします。

ゲージ対称性の破れとヒッグス機構の探求    

 標準模型では、ヒッグス機構によってゲージ対称性が自発的に破れ、粒子に質量が与えられます。しかし、ヒッグス粒子の性質や、さらなるスカラー場の存在については未解明の部分が多く残されています。今後の実験や理論研究により、このメカニズムの詳細が明らかになることが期待されています。

大統一理論(GUT)の構築      

強い相互作用弱い相互作用、電磁気力をさらに統一する理論として、大統一理論(Grand Unified Theory, GUT)が提案されています。たとえば、SU(5) や SO(10) といった非可換ゲージ群を用いたモデルが検討されており、これらの理論が実験的に検証される日が待たれています。

格子 QCD による数値シミュレーション      

QCD の非摂動的領域を解明するため、格子ゲージ理論を用いた数値計算が進められています。これにより、閉じ込めやカイラル対称性の破れといった現象の理解が深まることが期待されています。特に、スーパーコンピュータの発展により、精密なシミュレーションが可能になりつつあります。

重力との統合      

非可換ゲージ対称性は、現在のところ重力を含まない理論です。重力をゲージ理論として記述する試みや、弦理論との関連性が今後の研究課題として挙げられます。これが実現すれば、アインシュタイン一般相対性理論量子力学の統一に一歩近づくでしょう。


まとめ

非可換ゲージ対称性は、素粒子物理学の基本構造を決定する鍵となる概念です。この対称性は、電弱相互作用や強い相互作用を記述する理論的枠組みを提供し、標準模型を通じて自然界の基本法則を統一的に理解する手助けをしています。また、ヤン・ミルズ理論は数学的にも豊かな構造を持ち、場の量子論や統計物理学、さらには数学のトポロジー幾何学にも応用されています。

この分野の進展は、自然界の深遠な謎を解き明かす鍵となるでしょう。たとえば、宇宙の起源や暗黒物質の正体、さらには量子重力理論の構築に非可換ゲージ対称性がどのように関わるのか、今後の研究が楽しみです。読者の皆様がこの解説を通じて、非可換ゲージ対称性の魅力と重要性を感じていただければ幸いです。